東京都協会審判委員でもあり、都立つばさ総合高等学校に勤務されていて、皆さんよくご存じの須黒祥子さんにインタビューしました。
=審判を始めたきっかけは何ですか?=
大学進学後、高校のコーチ(都立九段高校)をやるように勧められ、その際に男子部の練習試合を吹くようになったこと。また、多くの先生方にいろいろと教えていただくうちに審判自体が楽しくなっていったため。です。
=女性として国内で初めてA級、AA級そして国際審判になられましたが、そこまでの過程で一番大変だと感じたことは何ですか?=
既に上級として活躍されている先輩もいらっしゃったので、私自身は特に「女性だから・・・」というようなことはあまり感じませんでした。ただ、女性のレフェリーが特別な印象を持たれているということを感じておりましたので、一人のレフェリーとして、コートの上での力をつけていきたいなぁと思っていましたし、今もいつもそのように思っています。(ちなみにA級は第2期生です。永谷・岩田・水原さんら 6名?の方が1期生です。)
=オリンピックへ行くと決まってから、どのような準備をされましたか?=
健康に(特に怪我をしないように)気をつけました。あとは、普通に生活する以外特に何もしておりません。
=現地へ着いて何か不安な点はなかったですか?=
一番の不安は、出発前にありました。着いてからのことよりも無事に現地に着けるかどうかといったことです。ですから、着いた後のことは着きさえすれば何とかなるだろうと・・・。チケットとパスポートだけが頼りの一人旅でしたので、トランジットがうまくいくかとか、ロストラゲジがないだろうかとか・・・。
現地に着いてからは仲間のレフェリーや、現地の役員の方々と一緒にいることが楽しかったですし、あのような環境に身をおけることが本当に幸せで、毎日毎日本当に楽しかったです。
=オリンピックでもっとも思い出に残るゲームがあればその様子をお教えください。=
すべての試合がそれぞれ印象に残っていますが、現地で観た日本−ギリシャの雰囲気はすごかったです。会場のほとんどがギリシャの応援で、日本に対してはブーイングの大嵐でした。(体育館が割れそうなくらい!・・・大げさではありません)目を少しでも離すとゲームの展開が変わってしまうという状況で、会場中が一体になってバスケットをしているような感じで、観ているほうも本当に興奮しました。
残念な結果ではありましたが、すべての人が立ち上がって両チームに惜しみなく拍手を送り、本当に素晴らしい戦いだったと思いました。
自分が吹いた中では、初戦のアメリカ−チェコ、7位決定戦のギリシャ−ニュージーランドです。アメリカを吹くこと、地元ギリシャの試合を吹くことはひとつの目標であったので、さまざまな面で印象深いものでした。
