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審判への道
東京都所属の審判員の方から、どのようにして審判をはじめ、公認審判となったのかをいくつかの例としてここに掲載します。
====男子高体連所属のAさん(男性)====

1 審判を始めた年齢ときっかけ
  23歳。大学を卒業し、教員になり自分のチームを持つことになった。コーチをする上でルールを的
 確に知っておくことはプラスが多いと考え、審判を始めた。

2 どのようにして審判活動をしていったか。
  生徒を引率しての練習ゲームで3チーム以上高校が集まるときは必ず審判をする。そこで高体連
 の役員の方に声をかけていただき、高体連の審判講習会を経て公式戦デビュー。

3 公認取得まで
  公認取得はその3年後の26歳になったとき。所属している支部の方から推薦をしていただき、選
 抜講習会などを経て11月に毎年行われる審査へ。
====実連所属のBさん(女性)====

1 審判を始めた年齢ときっかけ
  17歳が最初。高校でケガをしてしまい、練習が出来なかったときに練習試合などで審判をするよ
 うになった。

2 どのようにして審判活動をしていったか。
  はじめは文句言われるのが悔しくて早くうまくなりたくて自分で結構勉強した。でも公認審判を目
 指すほどの意気込みはなく、ただなんとなくしていたので誰かに教わろうとか教えてくれる人を探
 すなどはしなかった。その後教員志望だったので某女子体育大学に入学。その大学には審判を勉
 強する環境があったのでそこで基礎を教えてもらってから本格的に公認審判を目指し勉強した。

3 公認取得まで
  大学に依頼が来る試合の審判で経験をつみ、大学から学連の講習会に出ることが出来たので、
 その講習会を経て東京都に推薦してもらい公認審査会を受けた。その当時は学生は卒業時にし
 か公認審査会に推薦してもらえなかったので、社会人になると同時の22歳で公認審判員になっ
 た。ちなみに公認審査会はそのころオールジャパン予選で、男子のゲームに割り当たったので、
 かえって思いっきり吹けよかったと思う。
====女子高体連所属のCさん(女性)====

1 審判を始めた年齢ときっかけ
  18歳。大学でバスケットボール部に所属し、1年次から通称審判部の班に入り活動をした。審判
 部に入ったことにより、自動的に審判を始めることになった。バスケットボールの練習はもちろん審
 判の練習にも多く時間をさいた。

2 どのようにして審判活動をしていったか。
  大学に依頼が来るので、それに従い活動を行った。大学の一軍のスクリメージを吹いたり、中学・
 高校・大学・実業団・一般など多くの割り当てをもらった。時には地元の練習試合や大会などの手
 伝いなどをさせてもらい、経験を積んだ。

3 公認取得まで
  1年生次学連公認の講習会でピンクワッペン
  2年生次同様の講習会でミドリワッペン
  3年生で日本公認予備審査を受け学連から推薦を頂き、11月に行われる日本公認審査を受け
 た。それに合格し、4年生から公認として活動した。講習会は学連主催のほか、高体連女子部主催
 のものに参加したこともある。
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